2025年11月29日

私立学校法における内部統制システムの構築・運用(第2回)内部統制システムの構築事例

私立学校法における内部統制システムの構築・運用第1回では、法改正の背景を踏まえつつ、内部統制システムの基本的な考え方を整理しました。第2回では内部統制システムの整備・運用に関して特徴的な学校法人の事例をご紹介いたします。

1.学校法人青葉学園(東京医療保健大学ほか幼稚園等を運営)

(1)内部統制システムの特徴
具体的なリスクマネジメント手法を導入している点が特徴です。重要な事業について業務フローと内部統制状況を「業務フロー記述書」に可視化し、各段階のリスクを識別・原因分析するプロセスを明示しています。内部監査室がその結果を評価し、発生可能性と影響度で評価するリスク基準(リスクマトリクス)を用いて残存リスクを評価するなど、リスク管理体制が具体化されています。また、理事長を内部統制最高責任者とし、学長を内部統制統括推進責任者、各部局長を内部統制推進責任者に充てるなど、推進責任体制を明確化しています。内部監査室は業務執行部門から独立して設置され、各部の職務執行状況を定期監査し、理事会へ報告・フィードバックするPDCAサイクルを運用しています。さらに全役職員に対するコンプライアンス意識醸成のため「コンプライアンス推進規程」を制定し、不正・法令違反の通報制度を整備しています。役員による不祥事通報に関する規程も備え、必要に応じて外部専門家と協力した調査・是正対応を行う仕組みです。

(2)公開資料URL
学校法人青葉学園における内部統制システム整備の基本方針(別紙1に業務フロー記述書、別紙2にリスク評価基準)
https://www.thcu.ac.jp/about/pdf/regulations/0501016.pdf

2.学校法人大阪医科薬科大学(大阪医科薬科大学ならびに附属病院・中学校高等学校を運営)

(1)内部統制システム運用の特徴
平成24年(2012年)に既に内部統制システムを構築し運用開始しており、内部通報制度や「倫理心得」(行動規範)、コンプライアンス委員会・リスクマネジメント委員会などを中核として定着させています。令和6年度の私立学校法改正で内部統制の基本方針策定が義務化されたことを受け、一部規程を新たに整備したものの、従前よりPDCAサイクルが機能する内部統制が運用されており、大きな体制変更なく適応しています。内部監査を担当する「法人監査室」を理事長直下に設置し、各部署の業務が健全に運営されているか継続的に検証・改善する体制があります。リスク管理についてもリスクマネジメント委員会で全学的に推進し、重要リスクは理事長が統括する体制を取っています(※同法人の内部統制基本方針に明記)。

(2)公開資料URL
内部統制の基礎
https://www.omp.ac.jp/hjk/jcnd8h000000kv5f.html?utm_source=chatgpt.com

3.学校法人千葉工業大学(千葉工業大学を運営)

(1)内部統制システムの特徴
全教職員参加型の内部監査というユニークな手法により、組織内の潜在的リスクや課題をボトムアップで洗い出し、改善につなげている点が特筆されます。監査室では「自己管理型点検評価チェックシステム」を構築し、年2回すべての教職員を対象としたWebアンケート調査を実施しています。調査項目は研究費管理やハラスメント、教育・学生対応状況、個人情報保護まで多岐にわたり約20問を設け、自由記述欄で大学への意見提案も収集しています。これにより現場の声を監査に反映し、新たな気付きや問題点の早期発見につなげるPDCAサイクルを回しています。コンプライアンス面では教職員行動規範や研究倫理ポリシーを策定するとともに、公益通報対応窓口も整備し不正防止体制を強化しています(学内規程「公益通報対応要項」を策定し、通報受付窓口を総務課内に設置)。

(2)公開資料URL
「健全な運営のための取り組み」ページにて内部統制に関する各種施策を公開
https://chibatech.jp/about/compliance

アルカディア学報※において千葉工大の監査室による教職員アンケート手法が紹介されており、その具体的内容が一般にも参照可能です。 (※日本私立大学協会「私学高等教育研究所」刊行の事例紹介)
https://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/772.html

4.学校法人日本大学

(1)内部統制システムの特徴
令和7年度事業計画において、内部統制システムの運用初期段階として、研修の実施やリーフレットの作成・配布を通じた内部統制に関する共通理解の徹底「社会から信頼される組織運営」を実現するための、コンプライアンス徹底と業務の有効性・効率性向上調達業務の適正性・有効性の向上への重点的な取組を位置づけています。
さらに、全学的な内部統制では、統制環境・情報と伝達・組織風土改革・責任権限の明確化・重要情報の共有体制を最重要項目とし、業務プロセスに係る内部統制については、法人のリスク分類基準に基づきリスクを評価し、その結果を踏まえてリスクコントロールマトリクス(RCM)を作成することを最重要項目としています。

(2)公開資料URL
令和7年度事業計画
https://www.nihon-u.ac.jp/assets/20250326220212.pdf

5.結び

本稿では、私立学校法改正への対応として、各学校法人が展開する特徴的な内部統制システムの構築・運用事例をご紹介しました。

業務フローの可視化と厳格なリスク評価基準を設ける学校法人青葉学園、長年の運用実績を基盤に組織風土として内部統制を定着させている学校法人大阪医科薬科大学、全教職員参加型のアンケートを通じて現場のリスクを吸い上げる学校法人千葉工業大学、そして組織風土改革と基礎的な理解浸透を最優先する学校法人日本大学。

今回ご紹介した事例に共通しているのは、単に規定や組織図を整備する(ハード面)だけでなく、それを運用する「人」や「意識」へのアプローチ(ソフト面)を重視している点です。青葉学園の「業務フロー記述書」によるリスク評価や、千葉工業大学の「全教職員アンケート」などは、現場の教職員を内部統制のプロセスに巻き込むための工夫と言えます。また、大阪医科薬科大学のように長年の運用を通じて醸成された「倫理観」や「コンプライアンス意識」こそが、制度を支える根幹であることを再認識させられます。

これらの事例から読み取れるのは、法改正対応という共通の目的がありながらも、そのアプローチは法人の規模、歴史、そして抱える課題によって千差万別であるということです。内部統制システムの構築は法的義務となりましたが、真の目的は法令遵守そのものではなく、健全かつ持続可能な学校運営を実現することにあります。内部統制システムに万能な「正解」はなく、各法人が自らの組織風土やリソースに適した仕組みを主体的に設計することこそが、実効性を高める鍵となります。

次回は、「具体的な運用プロセスの実務的なポイント」として、構築したシステムを実際に動かしていくフェーズに焦点を当て、より現場の実務に即した解説を行う予定です。

内部統制システムの整備に関する詳細は以下もご参照ください。
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