令和7年(2025年)4月1日に施行された改正私立学校法により大臣所轄学校法人等においては、「理事の職務の執行が法令及び寄附行為に適合することを確保するための体制その他学校法人の業務の適正を確保するために必要なものとして文部科学省令で定める体制の整備」(=内部統制システムの整備)が義務付けられました。多くの法人ではすでにこの基本方針が理事会で決定され、現在は整備した規程や手続に基づく運用・改善の段階に入っています。一方で、都道府県知事所轄の学校法人等であっても、文部科学省は内部統制システムの整備を「望ましい」としており、規模にかかわらずガバナンス強化のために取り組むことが推奨されています。
今後、数回にわたり、内部統制システムの構築と運用に関して、具体的な事例やポイントを交えながら解説いたします。第1回では、改正の背景を踏まえつつ、内部統制システムの基本的な考え方を整理します。
1.改正私立学校法の成立背景とガバナンス改革の目的
今回の改正の背景には、近年の不適切会計や理事の権限乱用などの不祥事により、私立学校に対する社会的信頼が大きく損なわれたことがあります。これらの事例は、いずれも基本的な「守りのガバナンス」、すなわち資産保全や法令遵守に関する内部統制の欠如が直接的な原因であり、ガバナンス改革が単なる理念ではなく、実際のリスク管理に直結する重要な取り組みであることを示しています。これらの問題の根本原因は、特定の個人に権限が集中し、理事会や評議員会、監事といった牽制機能が十分に働いていなかった「ガバナンス機能不全」に他なりません。
令和5年改正私立学校法(令和7年4月1日施行)は、こうした状況を踏まえ、ガバナンス改革を目的として制定されました。この改革は、不祥事防止にとどまらず、学校法人が少子化や社会変化に対応しながら持続的に発展できる経営基盤を構築することを狙いとしています。
ガバナンスには、次の2つの側面があります。
・守りのガバナンス(リスクに対する守りの姿勢):不祥事を未然に防ぎ、法令遵守(コンプライアンス)を徹底するための体制を構築することです。これにより、学校法人の資産を守り、経営リスクを低減させます。
・攻めのガバナンス(成長に向けた攻めの戦略):教育・研究の質を向上させ、少子化や社会の変化といった外部環境に柔軟に対応しながら、持続的に発展していくための経営基盤を強化することです。透明性の高い意思決定プロセスを通じて、健全な経営判断を促進します。
重要なことは、このガバナンス改革が外部からの強制ではなく、学校法人自らが主体性をもって取り組むべき課題であるという点です。法改正は、そのための明確な指針と枠組みを提供するものと言えます。そして、これを実現するための具体的な仕組みこそが、「内部統制システム」です。
2.内部統制システムとは何か?―定義と基本構造
(1)内部統制の定義
文部科学省が公表している「内部統制システムの整備について」によると、内部統制とは次のように定義されています。
「学校法人がその目的を達成するため、業務に組み込まれ、全ての構成員によって遂行されるプロセスであり、業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、法令等の遵守及び資産の保全を確保するための仕組み」
すなわち、内部統制とは、学校法人が組織的に健全かつ効率的に活動を行うための仕組み全体を指します。
(2)内部統制の4つの目的
内部統制の目的は、以下の4つの目的が達成されているという合理的な保証を得ることにあります。
①業務の有効性及び効率性:事業活動や業務の目的を達成するために、資源(人、モノ、金、情報)を無駄なく効果的に活用することを目指します。学校法人においては、教育・研究活動の質の向上や、経営の効率化に直結します。
②財務報告の信頼性:作成・公表される計算書類等が、一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠し、法人の財政状態や経営成績を適正に表示していることを確保します。これにより、ステークホルダー(保護者、寄付者、金融機関、所轄庁など)に対する説明責任を果たします。
③事業活動に関わる法令等の遵守:私立学校法や学校教育法をはじめとする各種法令や、法人が定めた寄附行為、内部規程などを遵守する体制を構築します。コンプライアンス違反によるリスクを回避し、健全な法人運営を担保します。
④資産の保全 法人が保有する資産(現金、有価証券、施設・設備など)が、不正な取得、使用、処分から守られることを確保します。資産の流用や盗難といった不正行為を防止するための重要な目的です。
(3)内部統制の6つの基本的要素
これら4つの目的を達成するために、内部統制は以下の6つの基本的要素から構成されます。これらの要素は、業務の執行に当たって考慮すべき内容を体系的に示したものです。
①統制環境:組織の気風を決定し、内部統制の基盤となる要素です。
例:理事長の倫理観や経営姿勢、組織構造、権限及び職責の明確化など。
②リスクの評価と対応:組織目標の達成を阻害するリスク(学校運営、危機管理、コンプアイアンスなど)を識別・分析・評価し、そのリスクに対する適切な対応(回避、低減、移転、受容)を選択するプロセスです。
③統制活動:経営者の命令や指示が適切に実行されることを確保するために定める方針や手続きです。承認、照合、職務分掌といった具体的な活動が含まれます。
④情報と伝達:必要な情報が組織内外の関係者に正しく、かつタイムリーに伝達される仕組みです。これにより、各人が自らの職責を果たすことが可能になります。
⑤モニタリング(監視活動):内部統制が有効に機能していることを継続的に評価するプロセスです。日常的な監視活動や、監事監査、内部監査などがこれにあたります。
⑥IT(情報技術)への対応:業務や会計処理においてITを利用する場合、その有効性と信頼性を確保するための統制活動です。アクセス管理やデータ保護などが含まれます。
これらの目的と要素が有機的に結びつくことで、実効性のある内部統制が実現します。では、改正法は、この内部統制の整備をどのように求めているのでしょうか。
3.内部統制システム整備の義務化と推奨
(1)大臣所轄学校法人等における義務(私立学校法第36条第3項第5号、第148条第1項)
私立学校法により、大臣所轄学校法人には、内部統制システムの整備が義務付けられました。この義務の対象となる「大臣所轄学校法人等」とは、以下のいずれかに該当する法人です(私立学校法第143条、私立学校法施行令第3条)。
①文部科学大臣が所轄する学校法人。
②知事所轄学校法人のうち、以下の基準1と基準2の両方を満たす法人。
・基準1:収入(事業活動及び収益事業による経常的な収入)が10億円または負債が20億円以上。
・基準2:3以上の都道府県において学校教育活動を行っている。
内部統制システムの具体的な内容は、「理事の職務の執行が法令及び寄附行為に適合することを確保するための体制その他学校法人の業務の適正を確保するために必要なもの」として、文部科学省令(私立学校法施行規則第13条)で定められています。
(2)理事会による基本方針の決定
義務対象法人では、内部統制システムの整備に関して、その基本方針を理事会で決定しなければなりません。これは、理事の忠実義務に含まれており、理事会がその監督機能を適切に果たすために不可欠な措置です。文部科学省令で定められる整備すべき体制(私立学校法施行規則第13条)は、主に以下の5つの項目に関する体制を含みます。
①理事の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制。
②損失の危険の管理に関する規程その他の体制。
③理事の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制。
④職員の職務の執行が法令及び寄附行為に適合することを確保するための体制。
⑤監事の監査業務の適正性を確保するための体制(監事の補助職員や報告体制など)。
(3)義務化されていない学校法人の位置づけ
大臣所轄学校法人等以外の学校法人においては、内部統制システムの整備は法律上義務付けられていません。しかし、文部科学省は、これらの法人に対しても、各学校法人の実情に応じ、内部統制システムを整備することが望ましいとしています。学校法人の業務執行の質を保証するためには、法的義務の有無にかかわらず、社会的信頼を確保する観点からも、内部統制の整備・充実が求められていると言えるでしょう。法人の規模や特性に合わせて、上記の4つの目的と6つの基本要素を踏まえた体制づくりに取り組む意義は非常に大きいと言えます。
4.運用開始とPDCAサイクルへの展望
内部統制システムは、一度構築すれば終わりというものではありません。むしろ、構築後の運用と継続的な見直しこそが、その実効性を左右します。内部統制の実効性を維持・向上させるためには、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act) の考え方を取り入れることが有効です。
(1)Plan(計画): リスクを評価し、内部統制の基本方針や規程を策定する。
(2)Do(実行): 策定した方針や規程に基づき、業務を遂行する。
(3)Check(評価): モニタリングや内部監査を通じて、統制活動が有効に機能しているかを評価する。
(4)Act(改善): 評価結果に基づき、方針や規程、業務プロセスを見直し、改善する。
特に、システムの運用が開始された直後の段階では、以下のポイントに留意することが重要です。
・ルールの浸透(Do) 策定した基本方針や各種規程が、一部の管理者だけでなく、全教職員に正しく理解され、日々の業務に反映されなければ意味がありません。全教職員を対象とした研修や説明会を定期的に実施し、ルールの周知徹底を図ることが不可欠です。
・初期モニタリング(Check) 構築したシステムが形式的なものにとどまらず、実効性を伴うように、意図通りに機能しているかを確認するため、運用開始後の初期段階では特に重点的な監視が必要です。ここでは、理事からの独立性を保つ監事や、設置されていれば内部監査部門が中心的な役割を担うことになります。
・フィードバックの仕組み(Act) 運用初期に発見された課題や、ルールが形骸化する兆候を速やかに理事会にフィードバックし、改善に繋げるサイクルを確立することが求められます。現場の意見を経営層に適切に伝え、迅速な意思決定に反映させる仕組みの整備が望まれます。
このPDCAサイクルを組織全体で回し続けることで、内部統制システムは常に最適な状態に保たれ、変化する内外の環境に柔軟に対応できるようになります。
5.結び
本稿では、2025年4月に施行された改正私立学校法が求めるガバナンス改革の背景と、その中核をなす内部統制システムの基本的な考え方について解説しました。内部統制システムの整備に関する詳細は以下もご参照ください。
・当法人オープンセミナー「改正私学法施行に伴う実務対応のポイント」
「3.内部統制システム構築と運用上の留意点」
・文部科学省「内部統制システムの整備について」
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